積読ダイエットチャレンジ(残1519冊)

日々積み上がる積読メタボを2030年までに解消するレコーディング読書ログ

2022年10月に買った本(15)・読んだ本(1)↑14冊増量

2022年10月に買った本(15)

 

【単行本】『マルペルチュイ』ジャン・レー, 篠田知和基

Kindle】『The Illustrated Gormenghast Trilogy』Mervyn Peake

田中芳樹で検索していたらForbesのインタビューを見つけた。田中芳樹もついにグローバル!と興奮。

www.forbes.com

タイミング的には銀河英雄伝説の一巻が英訳された時のもの。2016年の4月頃。銀河英雄伝説の英訳と言えば2000年代初頭くらいに中国語版からの重訳版(たぶん中国系米国人による無許可翻訳)が出回ってたと思うんだけど、ちらっと一巻を読んだ感じだとかなり違和感なく訳されていてなかなか良かった印象があった。それまでも英訳の試みはあったらしいんだけど日の目を見なかったのは帝国サイドが○○○だからという噂があった。あれはどうなったんだろう?公式の翻訳が出たということはデタラメだったんだろうか?それとも時代の変化でアメリカも柔らかくなったのか?

インタビューの内容としてはごく普通だけど、影響を受けた作品ということでマルペルチュイとゴーメンガーストが挙げられていたのが目を引く。どちらもゴシックホラー小説らしいのだけど、これらの作品は他のインタビューで名前を挙げられてたところを見たことが無い気がする。外国メディアに対するリップサービス的な返答だったのか、普段押し隠していた本音がポロリしたのかもしれない。どちらにしても珍しいので購入した。マルペルチュイは国書刊行会から新訳が出ているけど高いので見送り。ゴーメンガーストは翻訳も出ているけど原書が読みたかったので英語版にした。

 

【BookWalker】『平清盛の闘い 幻の中世国家』元木秦雄

https://bookwalker.jp/de9772ed2d-748b-4fb2-a2e2-708c799b98b3/?acode=akNehwjg

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Kadokawa株主優待でBookWalkerのコイン4500円分をゲットし、丁度Bookwalkerでセールもやっていたので早速色々購入してみた。平清盛にクローズアップした本ってあまりなさそう。

 

【BookWalker】『自民党統一教会汚染 追跡3000日』鈴木エイト

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統一教会と言えば90年代の合同結婚式がテレビ等でセンセーショナルにとり扱われてた記憶があるのだが、最近はすっかり名前を聞かなくなっていた、安倍晋三元首相の暗殺事件で再び脚光を浴びるまでは。そんな忘れ去られていた統一教会をずっと追い続けていたジャーナリストが書いた本ということで購入。これはセールでは無かったけど購入した。こういう気概のあるジャーナリストは潤うべき。

 

【BookWalker】『百万都市 江戸の生活』北原進

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【BookWalker】『百万都市 江戸の経済』北原進

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【BookWalker】『代官の日常生活 江戸の中間管理職』西沢淳男

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15年くらい前に田中優子の江戸本を何冊か読んで、時代小説や時代劇とは一味違う江戸時代の暮らしに惹かれたのを覚えている。もしこの時代に王侯貴族でなく庶民に生まれていたなら江戸に住みたいと、海外の研究者に言わしめるほど清潔で魅力的だった庶民の生活が江戸にはあったらしい。以来、江戸の実像や風俗を研究した書籍を見ると無性に買いたくなる癖がついた。特にこういうセールがあると片っ端からポチりたくなる。江戸本は読まないんだけど買ってしまうジャンルの一つ。いやいつか読むんだけど。

 

【BookWalker】『人類を変えた 科学の大発見』小谷太郎

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科学の新発見の瞬間ってどんな感じなのかねーという興味。これはセール。

 

【BookWalker】『謎と起源の秘密 最新・彗星学』渡部潤一, 阿部新助

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宇宙本も江戸本と似たような感じで、いつかまとめて読むためにセールで見かける度にポチる癖がついている。宇宙は最後のフロンティア。

 

【BookWalker】『新耳袋』第一夜 現代百物語』木原浩勝, 中山市朗

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「もう一つの「バルス」」と「ふたりのトトロ」が面白かったので買ってみた。ちなみにこれはセールではない。スタジオジブリについて貴重な証言を残した木原浩勝への純粋な興味による。しかしスタジオジブリから実話怪談って振れ幅すごすぎるな。

 

【BookWalker】『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』森功

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アパホテルが詐欺られた時のニュースで「地面師」という名称を初めて聞いた気がする。ふとしたことでまた地面師という言葉を見かけた(何かのネット記事)ので、本が出てないか調べてウィッシュリストに入れていたのを思い出した。セールでは無かったけどタイミング良かったので他の本と一緒に購入。

 

【文庫】『秘録 東京裁判清瀬一郎

www.tokyo-np.co.jp

これは本当にひどい話で、直接命令を下した少佐はBC級戦犯裁判で絞首刑に処されているのだけど、帝国海軍の指揮系統がどうなっていたのかを辿ると、当時軍令部総長豊田副武に行き着く。彼はA級戦犯として拘留されたものの不起訴となり、結局公職追放だけで72歳まで何事もなく生き長らえたようだ。

ja.wikipedia.org

で、東京裁判。昔、小林正樹のクソ長いドキュメンタリー映画ヒストリーチャンネルで見たんだけど、もはや東条英機大川周明に頭をポカリと叩かれている場面しか記憶になく、記憶をアップデートしたくなったので検索。本書がどうやら名著らしいので購入した。

 

【新書】『BC級戦犯裁判』林博史

BC級戦犯の裁判資料はほんの20年くらい前までロクに公開されていなかったらしい。巣鴨プリズン東京裁判で全部終わったくらいの雑な認識しかなかったけどBC級戦犯裁判は別個にやっていたらしい。こちらもAmazonのレビューが良かったので購入してみた。

 

【単行本】『銀河英雄伝説読本』らいとすたっふ

【単行本】『田中芳樹読本』早川書房編集部

自分の中で田中芳樹研究がスタートしたので購入した。田中芳樹には中高生の時にドハマリして、数少ない完結作品のマヴァール年代記から途中で放棄された灼熱の竜騎兵シリーズまで当時出版されていた作品はほぼ全て読み、当時続巻が出ていた創竜伝夏の魔術シリーズを楽しみに読んでいたのだけど、どちらもシリーズが進むにつれて違和感が大きくなりすぎて、大学の頃にはすっかり冷めていた。これは思春期に田中芳樹ファンになった誰もがたどる幻滅曲線なのだけど、やはりおじさんになって色々と昔を思い出すと、銀河英雄伝説とかアルスラーン戦記の初期とかはまぎれもなく名作だったよなぁとぼちぼち再評価している。これも田中芳樹ファンの誰もがたどる再評価曲線なのだろうか。

田中芳樹と言えば突如シリーズを再開(という印象)して完結したアルスラーン戦記タイタニアは、悪い評価しか聞かないのはどうしたことだろうか?

いったいどういう事情で長い中断期間があり、また筆をとる気になったのか?誰の仕掛けだったのか?らいとすたっふって何?出版社流転の真相などオールドファンとしての興味はつきない。Youtubeチャンネルに出演する田中芳樹は思っていたより好々爺としたおじいさんで、編集者に恵まれなくて性格がねじくれて晩節を汚しているとばかり思っていた自分の認識を改めた。完結したアルスラーン戦記タイタニアも読んでみるべきなのかも。

 

 

Kobo】『天の釘』鈴木笑子

偶然パチンコの歴史をまとめた動画をYoutubeで見た。無秩序だった釘の並びを調整し、パチンコのゲーム性を飛躍的に上げた天才がパチンコ産業黎明期に居たらしい。その配列は正村ゲージと呼ばれ、その後のパチンコ産業の隆盛のきっかけになったとか。本書はその人の評伝。どんな産業であれ、こういうエポックメイキングな事象を成し遂げた人物の評伝は読みたくなる。

 

読んだ本(1)

【DMM Books】皇帝フリードリッヒ二世の生涯(上下)合本版

★★★☆

これはDMM Booksの70%オフセールで購入。皇帝フリードリッヒ二世についての前提知識も興味も全くなく、塩野七生の著作というただ一点だけで購入した。塩野七生は昔「ローマ人の物語」が一世を風靡した頃に何冊か読んで非常に面白かった記憶があるのでその印象だけで買いまくった。70%オフセールの上限100冊の内、塩野七生の本だけで20冊買っていた。その判断は吉だったのか?ということなのだけど、この本に関しては、微妙だったかもしれない。

フリードリッヒ二世という類稀で魅力的な人物に焦点をあてたのはとてもよくて、皇帝としての側面、社会起業家的な側面、家庭人としての側面、趣味人としての側面など色々な視点からフリードリッヒ二世の生涯を何度も反復しながら描く試みも新鮮と言えば新鮮だった。前書きに書かれていた、フリードリッヒ二世という最も中世的でない人物とまごうことなき暗黒時代なド中世世界(主に教皇)の対立・軋轢を描くことで、中世世界を浮き彫りにする(パラフレーズ)という試みは成功しているとも思う。

なんだけど、歴史小説というより「皇帝フリードリッヒ二世の生涯とその時代」をテーマにした連作エッセイ集みたいな感じで、ぶ厚い歴史小説を読んだという満足感が薄かった。

塩野七生司馬遼太郎と同じく神の視点タイプの歴史小説家なんだけど、司馬遼太郎にあるような若干のキャラクター主観視点が頑なに排除されていて、どこまで行っても塩野七生の主観でしかないのも段々しんどく感じる。

それに加えて客観性を担保しようというお気持ちが文章から少しも感じられないというか、読者は私の言うことだけを信じれば良いのだ、的な姿勢が行間から漂っており、それが次第に鼻に付いてくる。

その姿勢は引用文献・先行研究の紹介からも見て取れる。

「『ローマ亡き後の地中海世界』を書いていた当時に集めた史料の中に、現代ではモロッコアルジェリアチュニジアリビアと分れている北アフリカイスラム世界と、当時では地中海をはさんでこの北アフリカと対していたキリスト教世界の国々、それもとくにイタリアの海洋都市国家ジェノヴァ、ピサ、ヴェネツィアが、何を輸入し何を輸出していたかについての研究書があった。」

いや、その研究書の名前書こうよ。

「この時期のフリードリヒの行動を逐一追った研究者によれば」

いや、その研究者の名前挙げようよ。

他者の情報を引用する際にこういう風に情報をぼかす正当な理由って何かある?

その癖自著で既に書いた内容があればいちいちそちらを参照するように、事あるごとに言及する姿勢は対照的である。

「宗教関係者の軍事行動がうまくいかない理由は『十字軍物語』の…に詳述」

「このヴェネツィアがいかに細心の注意を払って内部抗争が起きない社会づくりに努めたかは『海の都の物語』を読んでもらうしかないが、」

などなど。

他人の情報を引用する時には出典をぼかし、自著はあらゆるチャンスで宣伝する姿勢はよろしくない。

三者的な情報を極力制限しつつ自分の考えのみを伝える姿勢はカルト臭すら感じる。

神の視点タイプの歴史小説とキャラクター視点タイプの歴史小説では、個人的には神の視点タイプの歴史小説が断然好きなんだけど、この本では神の視点というより塩野七生の我が強く出ている印象があり、それがむしろ邪魔に感じた。例えて言うと、もっとよくフリードリッヒ二世を見たいのに塩野七生がかぶりつきの特等席に座っていてよく見えない感じ。やはり神の視点タイプの小説の語り手は極力自我を消し去る方が良い気がする。

当時の教会と皇帝の権力の緊張関係など、歴史的経緯から地政学的理由まで多面的に説明してくれるので当時の状況が非常によくわかるし、皇帝の任命権の根拠とされ、教皇権の優越に絶大な力を与えた「コンスタンティヌス大帝の寄進状」が後世に偽書と判明する話などスリリングで面白かった。この話だけで一本書いて欲しいくらいだ。

ja.wikipedia.org

神の視点で歴史を物語るときに公平性・客観性をどう担保するのかっていうのも重要なポイントなんだなぁ。

 

10月振り返りコメント

10月はカドカワ株主優待で本を買いまくった月だった。一冊しか読めてないのは11月に英語のコンテストがあり、その対策のためにほぼ英語の本しか読んでなかったせいかな。

 

2022年9月に買った本(7)・読んだ本(7)↑↓0冊

買った本(7)

Kindle】『Thalaba the Destroyer』Robert Southey

なぜポチッたのか記憶喪失した。田中芳樹絡みかな?

邦訳は「タラバ、悪を滅ぼす者」のタイトルで2017年に出てるけど、原書が出版されたのは軽く200年以上前。著者のロバート・サウジーはナポレオンを苦しめたネルソン提督の最初の評伝を、彼の死後10年後に書いた人でもある。

内容は吸血鬼?を退治する中東を舞台にしたヒロイックファンタジー物らしい。田中芳樹アルスラーン戦記に影響を与えたってことかな?

それにしてもそんな昔からヒロイックファンタジーってあったんだなぁ。

 

Kindle】『The Face of Battle: A Study of Agincourt, Waterloo, and the Somme』John Keegan

note.com

先月ナポレオン関連書籍をポチッた時に参考にしたNoteが面白かったので別記事で良さそうなものを買ってみた。ジョン・キーガンはどこかで読んでいるような読んでいないような。これは邦訳はあるけど高すぎる。

 

Kindle】『Forward into Battle: Fighting Tactics from Waterloo to the Near Future』Paddy Griffith

note.com

購入理由は上と同じ。小部隊戦術の変遷というテーマ自体めちゃめちゃ面白そう。こちらは邦訳は無かった。

 

【単行本】『堀江貴文のカンタン!儲かる会社のつくり方』堀江貴文

ホリエモンライブドア騒動の頃は全く興味が無かったんだけど、Youtubeを見だしてからハマってしまった。とにかくあらゆることについて勉強しているし、やりたいことをやって生きているのがすごい。宇宙関連、企業解説、医療関係のレクチャー動画はだいたい見た気がする。

著作は過去に何冊か読んでいると思うのだけど、どれも量産型のゴーストライター本であまり印象に残っていない。本書は数少ない真筆の著作(自ら書いた本)ということで購入してみた。

 

【文庫】『ナポレオン戦線従軍記』フランソワ ヴィゴ・ルション

ナポレオン研究の一環として購入。一般兵士の従軍記というだけで買わずにいられない。

 

Kobo】『ふたりのトトロ -宮崎駿と『となりのトトロ』の時代-』木原浩勝

先月読んだ「もう一つのバルス」がめちゃくちゃ面白かったので同著者のこちらも購入した。

 

【単行本】『定本 北の国から倉本聰

ピョコタンメンシプの仲間と北海道に行った時に「北の国から」の話が出た。富良野と言えばいまだに「北の国から」だったみたいな。で「北の国から」と言えば私の中で「おしん」と並ぶ「名作ドラマ」の棚に入っているんだけど、実は一回も見たことが無かった。「おしん」も全部は見ていないけどだいたい内容がわかるのに対して「北の国から」はタイトルと出演者の顔ぶれぐらいしか知らない体たらく。もちろん過去何度も見る機会はあったんだけど、なぜか幼少の頃から「北の国から」の田中邦衛に拒否感があり、その都度チャンネルを変えていた。この度「北の国から」について思いを馳せている折に「脚本を読むだけならあの田中邦衛を見なくてすむ!」というひらめきを得たので検索してみたところ、そのものズバリの本があり購入した次第。なお椿三十郎田中邦衛は全然普通に見れる。若大将シリーズは見たことが無いのでわからない。

 

読んだ本(7)

【DMM Books】『ナポレオン 台頭篇』佐藤賢一

【DMM Books】『ナポレオン 野望篇』佐藤賢一

【DMM Books】『ナポレオン 転落篇』佐藤賢一

★★★★☆

歴史小説のスタイルとして、語り手が前面に出て登場人物や出来事の解説する神の視点タイプと、完全な物語形式で語り手自身は登場人物の背後に埋没するキャラクター視点タイプがある。

個人的に読みたいのは前者の神の視点タイプの歴史小説なんだけど、このスタイルの歴史小説家は少なくて、なかなか見つからない。神の視点タイプの歴史小説家って今のところ司馬遼太郎塩野七生以外知らんけど他におる?

ただこのストロングスタイルはチャレンジするのに相当ハードル高いのはわかる…。

DMMブックスが70%オフセールをした時に歴史小説を沢山買ったのも、あわよくば神の視点タイプの歴史小説家を新しく発掘したかったという目論見もあったのである。で、佐藤賢一のナポレオンもその下心から購入したわけなのだが、残念ながら氏もキャラクター視点タイプの歴史小説家だった。

佐藤賢一は昔「傭兵ピエール」を読んでエンタメとして楽しめた記憶があるので、後者のタイプだろうとは思っていたけど「傭兵ピエール」は架空の人物を主人公にしていたので、実在した歴史的人物であるナポレオンを主人公にした小説は違うアプローチをするのでは?というほのかな期待もあった。

バリバリのキャラクター視点でした。

とは言えキャラクター視点だからダメとか、面白くないということは無く、プロローグと序盤をのぞけばおおむね期待した通りの一大歴史叙事詩が楽しめた。

フランス革命とナポレオンの絡み方もよくわかったし、なぜエジプト遠征をしたのかとか、なぜ皇帝にならざるを得なかったのかとか、なぜ親族を重用せざるを得なかったのかとか、ナポレオンについてうっすらと疑問に思っていたいくつかの細かい違和感もおかげさまで氷解した。

個人的に刺さったのは集団戦闘描写の巧みさだ。極めて限定的な情報しかない、しかも刻々と変わる戦場の変化をナポレオンがいかに掴み、的確に対応していたのかが克明に描写されていて大変良かった。佐藤賢一の集団戦闘描写は群を抜いて巧みだと思う。

リヴォリの戦いのナポレオンのカッコよさよ!

ナポレオンの軍事的才幹とは別して印象深いのはソモシエラの戦いだった。フランス騎兵も攻略に失敗した隘路の4重の砲兵陣地の突破を、百騎そこそこのポーランド騎兵に命じるナポレオン。死を覚悟したポーランド人が正面突撃を敢行、坂道に築かれた陣地を次々と突破するのを見て、無駄死にはさせじと奮い立ったフランス人の本隊もついに突入する流れがとにかく熱い。

キャラクター視点の歴史小説はハマると高い没入性と史実が両立するのでエンターテイメントとして非常に質が高くなるというメリットはあるのかもしれない。本書もナポレオンが戦場デビューして以降は一貫して面白く、戦場描写より政治的綱渡りの描写が中心になる後半になってもその面白さは変わらなかった。

個人的に問題を感じたのは序盤だ。

特にプロローグの戴冠式

これ要る?

のっけから名前だけは聞いたことがあるような無いような重要そうな登場人物が続出し、戴冠式のどうでもよさそうなディテール描写が延々と続くのが苦痛で、あやうく投げ出しそうになった。こちらが求めてもいない情報の洪水は、読者を物語に引き込むという配慮が一切感じられず、やばい著者を引いてしまった感がハンパ無かった。買っていなければプロローグでそっ閉じしていたことだろう。

我慢して読み進めると幼少期のナブリオーネ・ボナパルテ少年の物語がはじまるのだが、これも兄貴を顎で使うようなクソガキで、キャラクターとして全く好きになれなかった。キャラクター視点の小説でここまで感情移入しにくい性格とエピソードを選ぶ理由ってなんだろう?

史実?

ナポレオンの幼少期についてどれだけ資料に残っているのかわからないが、キャラクター視点歴史小説の大きな弊害の一つは、どこからどこまでが史実でどこからどこまでが創作かわからないところだ。最悪のプロローグのおかげで著者に対する信頼がゼロになっていたこともあり、どんなエピソードもまるまる著者の創作ではないかと疑いながら読んでしまい、いまいち物語への入り込めなかった。その入り込めなさはナポレオンが士官学校に入学するくらいまで続いてしまったので、歴史小説家が読者から語り手としての信頼を得るまでの困難さに思いを馳せてしまったくらいだ。司馬遼太郎がいかに巧みにその問題を乗り越えているのか考えるとすごい。塩野七生についてはあんまり読んでないのでわからんけど。

で、わたしが本書で著者に対する信頼を取り戻した個人的ターニングポイントはやはり戦闘描写である。具体的にはトゥーロン攻囲戦。ナポレオンが士官学校に入学してからは、だんだんなかなかいいじゃんと思い始めてはいたけれども。ここの無能司令官カルトーとの確執とかニヤニヤしてしまった。有能な人間が立場ゆえに無能に苦しめられるというシチュエーションが個人的に好きかもしれない。

ナポレオンが戦場デビューしてからは何の留保もなく面白いので、そこまでは我慢して読むのがオススメである。

それにしても、せっかく感情移入を活かせるキャラクター視点スタイルの小説なのだから、せめてキャラクターをどこか好きになれるように描いて欲しかったところだ。

思うにナポレオンのような資料が沢山残っている歴史的人物の小説をキャラクター視点でやるのは非常に筋が悪いのかもしれない。

たぶん史実もいけ好かないクソガキだったんだろう。

そういった癖の強い人物は一歩引いた神の視点で愛でるのが一番と思う。ぜひ次作の歴史小説はさんざん蘊蓄を垂れながら神の視点の小説を書いて欲しい。

 

Kobo】『ふたりのトトロ -宮崎駿と『となりのトトロ』の時代-』木原浩勝

★★★★☆

宮崎駿の「天空の城ラピュタ」制作の現場を克明に描いた同時代証言の名作「もうひとつの「バルス」」の続編だ。

本作は前作のラスト、ラピュタ公開直後からはじまり、トトロ公開までの日々が著者の視点から描かれている。ここまでは全く前作と同様のスタイル。少し違うのは著者のポジションである。

著者は前作の制作進行からデスクに昇格しており、宮崎駿の「楽しい作品を楽しく作る」という意を受けて、第2スタジオの手配からアニメーターの机配置、動画チェックの新システムの企画・実施、アニメーターの資質に合わせたパートの割り振りまで、トトロの制作に腕を振るう様子が、正に八面六臂の活躍で描かれている。

著者の有能さは前作からすでに伺えたのだが、より責任のある立場になり、制作の根幹にかかわる事柄に影響を及ぼせるようになったせいか、その有能さがより際立って見えるようになった気がする。著者公案の動画チェックの新システムは、その後もジブリ方式として定着したということなので、自画自賛の盛り分を割り引いてもデスクとして相当有能だったのは確かなようだ。

ではその分、宮崎駿の仕事ぶり、他のスタッフの仕事ぶりについての描写の比重が減っているかというと、そうでもない感じなので、多少自己アピールの側面があるとしてもバランス感覚は保たれている。どこまでも出来る男だ。

青春物語的視点から見ると、宮崎駿に憧れて上京し、紆余曲折を経てスタジオジブリに居場所を得た青年が無我夢中で働き、ついには宮崎駿に認められるまでに成長し、作品の完成に大きな貢献をするまでになった、という感じだろうか。

そんな夢小説自分が書きたいくらいだ。

著者は宮崎駿ファンとして夢を叶えたファンなのだ。KPOPで言う「成功したファン」というやつだ。本当に羨ましくて仕方がない。この本での著者の有能ぶりは、同じ宮崎駿ファンとして嫉妬を禁じ得ないほどである。前作より評価の☆が一つ少ないのはそのせいだ。

著者はこの次の「魔女の宅急便」(1989年)をもってジブリを退社しているので、それ以降の作品についての証言は読めない。まことに残念である。しかし、少なくともあと一冊は、「魔女の宅急便」についての本は書ける計算ではある。スケジュール的にはそんな本が2019年に出版されていておかしくない。いまだ日の目を見ていないのはコロナのせいだろうか?「退社」というデリケートな問題にかかわるからだろうか?

1989年といえば鈴木敏夫徳間書店からジブリに移籍した年である。頭角を現していた著者となんらかのトラブルがあったのかもしれない、と、これまでのシリーズで鈴木敏夫について一言の言及も無い事実から邪推してしまうのは下衆の勘ぐりすぎるだろうか。これも宮崎駿ファンから成功した宮崎駿ファンへの見苦しい嫉妬かもしれない。

本書の最終章で著者は、おそらく著者が宮崎駿から一番聞きたかった言葉をもらっている。ここまでで「宮崎駿と一緒に仕事をする」という当初の夢は果たされたのかもしれない。青春物語としてはここまでで終わっても良い所ではあるのである。

しかし、2022年も暮れになっても「魔女の宅急便」本について何の音沙汰も無いということは、著者の「魔女の宅急便」本はもう出ない、ということなのだろうか?希望的観測をすると、2023年にも公開されるという噂の新作のタイミングを待っているのかもしれない。

どうか後者であって欲しい。

なんとか歴史の証言者として「30年目の「魔女の宅急便」」みたいなタイトルで三部作の完結をして欲しいなぁ。

ところでわたしには著者の宮崎駿本について、前作を通して一点だけ気になっている部分がある。それは作中で描かれる宮崎駿の言動が、なんか私のイメージの中の宮崎駿らしくない、ということだ。作中の宮崎駿はなんか丁寧語すぎる感じがする。私のイメージでは宮崎駿はもっとぶっきらぼうなのだ。ただこれも宮崎駿ファンの見苦しい嫉妬の一つかもしれない。

 

 

【DMM Books】『童話作家になる方法』斉藤洋

★★★★☆

斉藤洋は「ルドルフとイッパイアッテナ」しか読んでいないんだけど、昔極東ブログ西遊記の書評を読んでからずっと興味を持っていた。

finalvent.cocolog-nifty.com

絶賛である。当時これを読んですぐ「西遊記」の電子書籍版を探したけど出ておらず、今調べても電子書籍版は出ていない。したがってまだ読んでいない。シリーズ物の児童書を現物で買うのは、いくら古典の翻案とは言え中年子無し男性にはハードルが高すぎる。

なので斉藤洋の作家的力量は唯一読んだ処女作の「ルドルフとイッパイアッテナ」でしかわからない。つまり、そこまでうまいとも面白いとも思わん。

個人的に「ルドルフとイッパイアッテナ」は昔NHKで堀口忠彦の絵と毒蝮三太夫の語りで放送されたテレビ絵本の印象が強く、その印象と期待で読んだ原作は、えっこんなもん?だった、まあ処女作だし、児童書を大人が読むというミスマッチもあっただろう。とは言え、良い児童書は大人も楽しめるものだ。極東ブログで「西遊記」が絶賛されているということは、その後長足の進歩を遂げたのかな?というとこからの本書購入というムーブをしたわけである。これはひとえに極東ブログの上記書評と、DMM Booksが70%オフセールをしていたという理由以外にない。

そういった微妙なスタンスで読んだ本書だったのだが、これが予想以上に面白かった。なんというか、ぶっちゃけトークが多い。

作家デビューの裏事情からアイデア発想法、取材について、編集者との関係など相当フランクに語られている。読んでいてちょっと森博嗣の「作家の収支」を思い出した。斉藤洋も作家デビュー時は大学で教鞭をとっていたようなので、この二人は資質的にかなり通じるものがあるのかもしれない。

 

【DMM Books】『それいけズッコケ三人組那須正幹 前川かずお

★★★☆

ズッコケ三人組シリーズと言えば小学生の頃に非常に人気で、わたしも学校の図書室で何冊も借りて読んだ。人気過ぎていつも貸し出し中で読めていない作品が沢山あったと思う。子供の頃に思う存分ズッコケ三人組シリーズを読みたかった、という未練みたいなものがあるのかもしれない。記憶に残っているのは無人島でサバイバルしてユリの根か何かを食べる話。

関係ないが、地元の町に著者の那須正幹が住んでいたという噂もあり、またその親戚を自称する同級生なんかもおり、なんとなく親近感をもっていた。Wikipediaを見ると事実らしかったので、ひょっとしたら入り浸っていた近所の本屋さんでニアミスしてたかもしれない。

2000年代に入ってから続編のズッコケ中年三人組シリーズがはじまったと聞いていたのだが、手に取る機会もなく、しかしいずれ読んでみたいなぁとは思っていた。

そんな折にDMM Booksが驚異の70%オフセールをしてくれたため、ノスタルジーズッコケ三人組シリーズを何冊も買った次第である。本書は記念すべき第1巻。ちなみにズッコケ中年三人組シリーズはまだ一冊も買っていない。

今調べると11冊も出ているなぁ。セールで買ったズッコケ三人組シリーズを読み終わったら買おうかなぁ。

一作目は連作短編だった。第一話はハカセがトイレの窓からトイレットペーパーを垂らして強盗の侵入を伝える話。おじさんがとりたててどうこう言う内容ではない。ただ子供の頃に読んだ記憶が無いので、ズッコケ三人組のオリジンを知れて良かったという気はする。

 

【DMM Books】『ズッコケ財宝調査隊』那須正幹 前川かずお

★★★★

ズッコケ三人組シリーズ9作目。1作目とはガラリと趣が変わって、ミステリー仕立ての宝探し冒険譚になっている。いきなり北京原人の標本についての解説から入ったので面食らったが、どうやら北京原人の標本は戦争のどさくさで行方不明になり、現代に至っても未発見という事実があるらしい。検索すると2022年現在でも未発見のようだ。こういう謎を小説の冒頭にぶっこんでくる姿勢は大好きだ。子供の頃に読んでいたらドハマりしていたかもしれない。本作も子供の頃に読んだ記憶が無いので新鮮な気持ちで楽しめた。舞台設定が戦後30年そこそこなので、作中では戦争経験者もまだ現役の社会人である。そこがなんだか新鮮だった。昭和は遠くなりにけり。

 

 

2022年8月に買った本(6)・読んだ本(7)↓1冊減量

2022年8月に買った本(6)

Kindle】『The Campaigns of Napoleon』David G. Chandler

Kindle】『Tactics and the Experience of Battle in the Age of Napoleon』Rory Muir

北方水滸伝を読んでて、やっぱり戦術レベルの戦闘描写ってバチクソ面白いんだよなぁという思いを新たにした。司馬遼太郎も従軍経験があるだけに坂の上の雲の戦闘描写は一級品だったし、宮崎駿の漫画版「風の谷のナウシカ」のトルメキア戦役の描写とか、田中芳樹の「銀河英雄伝説」とか、過去の戦闘描写が巧みだった名作が思い出されて、やっぱり戦いの描写がよく出来ているストーリー最高!という思いが高まる。

もちろん戦争はどこから見ても悲劇なんだけど、個々の戦闘を勝者側から見るとロマンチックな冒険活劇に映ることもあるわけで、この錯覚がバレにくそうな牧歌的時代の戦記とか架空世界の戦記はギリギリのバランスでエンターテイメントとして成立しやすいのではないだろうか?

つまり、わたしはこういうのもっと読みたいし、こういうの書けたらきっと楽しいと思った。

というわけで人類史上屈指の軍事的天才と名高いナポレオンについて検索してみた。なぜナポレオンか?というと時代的に資料が沢山残っていそうなので、事実に基づいた名著が多そうだから。あとは時代的にまだ戦争にロマンの香りが残っていそうというのもある。

そんな思惑の中検索したところ、正にうってつけの記事を見つけてしまった。

note.com

ありがたい。で、早速紹介されていたものの中で良さそうなのを買ってみた。

因みにデービッド・チャンドラーの「The Campaigns of Napoleon」は「ナポレオン戦争」というタイトルで全5巻の翻訳があるのだけど既に絶版のようでAmazonではどの巻にもプレミア価格がついていた。中には30万円くらいの値が付いているものもあり、全巻買ったら軽く100万越える。こういうものこそさっさと電子書籍版を出して欲しいのだが。選択の余地が無いので原書を購入した。

Tactics and the Experience of Battle in the Age of Napoleon』は翻訳が無かった。内容的には当時の戦中日誌や回顧録から兵士の戦場での行動や戦場心理を読み解いたもののようだ。

同時に紹介されていた『Imperial Bayonets: Tactics of the Napoleonic Battery, Battalion and Brigade as Found in Contemporary Regulations. Helion and Company.』

も買おうか迷ったのだけど、Kindle版が取り下げられたのか無くなっており、しかもAmazon.comの一部のレビューでは、本書は机上のデータしかなく、しかもそのデータの適用もかなりいい加減、みたいな叩かれ方をしていたので購入するのは止めた。

そのレビューでは別のおすすめとして、

Kindle】『Military Experience in the Age of Reason』Christopher Duffy

を挙げており、調べると評価も良くKindleもあり少し安いのでこちらを購入した。これも当時の軍隊生活の実態がよくわかりそう。

 

【文庫】『ラサリーリョ・デ・トルメスの生涯』作者不詳 会田由

北方水滸伝で胸焼けがするほど好漢成分を摂取したので、解毒ではないけど悪漢小説(ピカレスク・ロマン)が読みたくなった。とは言えこれと言ってタイトルも思い浮かばず、検索すると本書が元祖ピカレスク・ロマンらしいということで購入。原点に戻るの大事。ドラマなら最高のピカレスク・ロマンは「ブレイキングバッド」とか思い浮かぶけど小説というと全く思い浮かばないのはなぜだろう。漫画の方がまだありそうだ。北方謙三のマイ水滸伝を読んでいると色んなオルタナティブ水滸伝が思い浮かぶ。悪漢小説のアングルもアリと思う。

 

【文庫】『新編 思い出す人々』内田魯庵

『ラサリーリョ・デ・トルメスの生涯』を購入したところおすすめに出てきた。二葉亭四迷とか、その当時の文人についての内情について書かれているらしい。二葉亭四迷は読んだことないけど時代に興味があるので購入。

 

Kobo】『もう一つの「バルス宮崎駿と『天空の城ラピュタ』の時代』木原浩勝

岡田斗司夫天空の城ラピュタに関する動画のどれかでソースの一つに上げられており、面白そうだったので購入。

 

2022年8月に読んだ本(7)

【DMM books】『水滸伝 十六 馳驟の章』北方謙三

【DMM books】『水滸伝 十七 朱雀の章』北方謙三

【DMM books】『水滸伝 十八 乾坤の章』北方謙三

【DMM books】『水滸伝 十九 旌旗の章』北方謙三

★★★★

北方謙三の長い長い北方水滸伝もついに終幕。正直、後半、特にオリキャラの楊令が活躍しだすあたりから物語としてはかなりダレて来ていた感は否めない。ただ、全編を通してキャラクターも物語も活劇的魅力に溢れており、戦闘描写が濃厚な時代アクション好きの自分には充分楽しめる作品だった。

「北方水滸伝」は北方謙三が革命をテーマに水滸伝をリ・イマジネーションした物語である。原典からの逸脱は相当好き勝手にしている。とは言え最終的に梁山泊は官軍に恭順するという原典のプロットがプロットなので、そこにどう折り合いを付けるとしても、歴史を書き換えて梁山泊の革命を成就させる以外、どうやっても後半のダレは不可避だったのかもしれない。革命というテーマは冒険小説としてはうってつけなんだけど、その挫折、ていうところまでが物語の射程に入ってしまうと、お話が文学寄りになってしまいそうなので冒険活劇としては座りが悪いのかもしれない。オリキャラの投入もそのテコ入れ策と考えれば納得する部分はある。

何より108人以上も居るネームドキャラクター(敵方を含めると更に膨れ上がる)もそれぞれ可能な限り個性的に描き分けられていて、魯智深(魯達)、林冲、武松、李逵、など原典の水滸伝でも有名キャラだけでなく、解珍、候健など、マイナーなキャラクターでも印象に残っている登場人物は多いのは北方水滸伝ならではと思う。特に解珍、宣賛、候健あたりは水滸伝にあまり親しみの無かった自分が全く知らなかった存在だったのだけど、北方謙三が相当にアレンジを加えたらしく、原典とは全く違った魅力を放っているようだ。個人的に印象に深いのは、梁山泊と縁を結ぶまでは没落して猟師として糊口を凌いでいたが実は超有能という解珍。彼はおっさんの星すぎる。また、あまり活躍するキャラではないけど仕立て屋でスパイという、どこかで聞いたような設定の候健もおっさんの悲哀があって良い。原典を調べると候健は仕立て屋だがスパイという設定は無かったようなので、これはテイラー・オブ・パナマの引用だろうか?そういった遊び心も感じられるアレンジを見つける楽しさもあるかもしれない。ただ扈三娘と聞煥章の因縁のように散々匂わせておいて何の回収も無い伏線があったり、その後どうなったのか何の消息も無いキャラクターが何人も居るのは単体の作品として完結している感を削いでいると思った。このあたりは続編の「楊令伝」を読んでくれということなのだろう。

問題は「楊令伝」全15巻、続々編の「岳飛伝」が全17巻、合わせて残り32巻まで付き合えるか否かですなぁ。

 

【DMM books】『替天行道/北方水滸伝読本』北方謙三

★★★★☆

北方水滸伝執筆の舞台裏を赤裸々に公開したファンブック。DMM booksで全巻セットを購入した時にオマケで付いて来たので惰性で読んだんだけど、これが予想外に面白かった。

前半はシリーズ完結前の対談記事や書評の収録、雑誌掲載時のキャッチの再録、表紙絵作成時の舞台裏、著者による登場人物メモなどで正にファン向けの内容なんだけど、後半の「編集者からの手紙」の章から、より本作の創作過程に迫る内容、つまり北方水滸伝が生まれる過程が赤裸々にわかるようになっている。と言うのも「編集者からの手紙」は文字通り編集者の山田裕樹が、雑誌掲載分を受け取るたびに北方謙三へ送っていたフィードバックのFAXの束をまるっと公開したものだからである。

後段の対談によると実際には一部内容が検閲・削除されているようだけど、この「編集者からの手紙」を読むと、山田裕樹氏は原典の水滸伝を知悉しており、北方水滸伝がそこからどれだけ逸脱しているか正確に把握しているのがわかる。また、作家のガイドランナーとしての役割を非常に献身的に果たしていることもわかる。この「編集者からの手紙」の章は北方謙三たっての希望で収録したとのことなので、書き手である北方謙三も北方水滸伝の創作の過程で編集者山田裕樹が果たした役割の大きさを明確に認識していることも伺えて素晴らしい。

しかしこの本の白眉は最終章の「[対談7]北方謙三の起・承・転」なのである。この章は大沢在昌司会による作家北方謙三と編集者山田裕樹の対談なのだけど、これがまた素晴らしい。タイトルに「北方謙三の起・承・転」とあるように、大沢在昌が「最強タッグ」と認める編集者山田裕樹と作家北方謙三の出会いから歴史小説作家としてのデビュー、北方水滸伝の執筆にいたるまでの経緯を深堀りしていく内容となっている。

純文学作家として芽が出ず「エンタテ作家」への転身を図ろうとする30才の北方謙三と、それを編集者として売り出そうとする24才の山田裕樹の奮闘が非常にくだけた感じで語られており、それがまるで戦友同士が軽口を叩きながら、あの時は実はこうでこうで、と過去の戦いの思い出話に興じるような暖かさとユーモアにあふれている。いい歳をしたわたしのようなおっさんに憧れさえ抱かせる関係なのだ。対談でこのような関係性を浮き出させた大沢在昌の手腕もすごい。

本書に収録されている山田裕樹の文章は分量的にもかなり多く、そのざっくばらんで下世話なお人柄はそれまでにも存分に伝わってくるのだが、その文章はどれも担当作家の北方謙三に向けたものか、北方水滸伝の読者に向けたいわばお仕事の文章であり、編集者として何を考えていたのかということが露わになるのは実にこの対談だけなのである。山田裕樹の編集者としてのクレバーさを引き出した大沢在昌の司会力に感謝。この章だけでも何度でも読める良書だった。編集者と作家の関係性、編集者の果たすべき役割について知りたい人にもおすすめできる内容と思う。

 

Kobo】『政治学者、PTA会長になる』岡田憲治

★★★★☆

政治学者、PTA会長になる」というタイトルに惹かれて購入。個人的期待としては、偉い学者がPTAで無双しようとして散々な目に会うけど、最終的には地道な努力で改革に成功する、というもの。前半に関してはその期待はある程度満たされたものの、後半部分がコロナによる突然の休校もあり、道半ばにして後進に道を譲る、若干尻すぼみな形になったのが残念だった。コロナ憎むべし。

PTAと言うと、いまだにベルマークを集めてたり、役員選挙をくじ引きで決めたり、フルタイムで働く女性が陰口を叩かれながら死にそうな顔で役員をして、増田に「日本死ね」みたいな怨嗟の声を投稿していたりするイメージがあるんだけど、本書の描写を読む限りそのイメージはそんなに外れてなかった。そんな中で火中の栗を拾い、数少ない男性としてPTAの会長を1000日間も勤め上げたのは素直に脱帽する。

著者のバックグラウンドが政治学者ということで、政治学の知見が役立つ場面があるのかと思っていたらそんなところはほとんど無かった。著者の政治学者としての知見はむしろ、PTAの茶番でしかない「選挙」に対する強い拒否反応とそれに対する反発をもたらしているだけで、あまり問題解決には役立っていない印象すらあった。いや、気持ちはわかるのだが。

本書の図式としては政治学云々というより、どちらかというとフルタイムで働く労働者の常識と、それまでPTA運営を献身的に支えてきた主婦層の常識の文化衝突・文化摩擦があり、その間でどう折り合いを付けていくのか?というある意味当たり前の課題を、著者の高いコミュニケーション能力で一つ一つ解決していったと印象が強い。改革への道筋はかなりついていたので、コロナによる突然の休校で全てがストップしてしまったのが読んでいて残念だった。ただ著者はその中でもPTA会長として出来ることはしており、政治学者というより社会人としての有能さが目立つ。著者の改革者としての最大の功績は、定例会議をフルタイムで働く労働者にも参加しやすい時間帯に設定し、後続の男性PTA役員を増やしたところにあるのではないかと思った。その後どうなったのかのフォローアップもあれば読みたいところだ。

本書を読んでいてもう一つ学んだところは、学校の教員がいかに縛られた環境で仕事をしているのか、という過酷さだった。今時個人メールアドレスが無いとか、Zoomも使えない、PCで動画も見れないなんていうのはひどすぎる。少しでも仕事しやすい環境になることを願う。

 

Kobo】『もう一つの「バルス宮崎駿と『天空の城ラピュタ』の時代』木原浩勝

★★★★★

名著。関連書籍をさほど読んでいない自分にも、宮崎駿と仕事をした人物の同時代の証言としては最高級ではないかと思わせるほど上手いしツボを押さえている本だった。とにかく掴みから導入までの構成が完璧すぎて有能としか言いようがない。だいたいこういう本を読むのは宮崎駿のことがもっと知りたいから読むわけで、著者にさほどの興味があるはずがないのに、掴みのエピソードから著者がトップクラフトに就職し、設立されたばかりのジブリにもぐりこむまでの流れを一切の無駄も無く語り、いつのまにか著者自身にも興味を持たせている手腕に惚れ惚れした。読み始めてページを進める手がとまらなかった。

ラピュタの制作期間は1985年6月から1986年7月までの約一年。時代は正にバブル前夜、宮崎駿の名前は「風の谷のナウシカ」の成功である程度は知られていたものの、まだまだ無名である。アニメの地位も今では考えられないくらい低かった。そんな状況の中で宮崎駿と仕事がしたいという一心で東京に出てきた若者が、わき目も振らずに自分の夢に邁進するのである。こんなまぶしい青春ある?

アニメ業界を舞台にした青春物と言えば「ハケンアニメ!」を思い出すが、本作も映像化されれば素晴らしい作品になりそうだ。

宮崎駿に興味のある人だけでなく、爽やかな青春物語を読みたい人にもおすすめの名作である。

 

総評

8月は1冊減量。シリーズ物小説の方が読破数が稼げるかなと思っていたけど、飽きるとペースダウンしてしまうのは否めない。逆にノンフィクションのPTAもバルスもサクッと読めたので内容に興味が持てるか否かが読む速度に関係してるかもしれない。

あと今月は購入図書の洋書率高めになってしまった。洋書を読むペースがそもそも遅いし、読めない日もあるので明らかに買いすぎているのだが、翻訳は高いし訳の信頼性もわからないので迷うとどうしても買ってしまう。とりあえずもう少し洋書を読むようにしようと思う。

2022年7月に買った本(2)・読んだ本(8)↓6冊減量

2022年7月に買った本(2)

Kindle】『The old man and the sea』Ernest Hemingway

北方謙三水滸伝をここ三カ月ほど読んでいて、いわゆるハードボイルド文体ってどんな感じなんだっけ?と思ったのだけどうまく思い出せなかったので本場のハードボイルド本を購入。ハードボイルドの始祖はヘミングウェイらしい。

 

Kindle】『Early Autumn (The Spenser Series Book 7)』Robert B. Parker

北方謙三水滸伝を読んでるとふとロバート・B・パーカーの「初秋」が読みたくなってしまった。大昔に翻訳を読んでなかなか良かった記憶がある。

 

2022年7月に読んだ本(8)

【DMM books】『水滸伝 八 青龍の章』北方謙三
【DMM books】『水滸伝 九 嵐翠の章』北方謙三
【DMM books】『水滸伝 十 濁流の章』北方謙三
【DMM books】『水滸伝 十一 天地の章』北方謙三
【DMM books】『水滸伝 十二 炳乎の章』北方謙三
【DMM books】『水滸伝 十三 章』北方謙三
【DMM books】『水滸伝 十四 章』北方謙三
【DMM books】『水滸伝 十五 章』北方謙三

★★★★☆

八~十五巻は、梁山泊が初めて外部に打って出る独竜岡の戦いを皮切りに、青蓮寺が再編した宋の地方軍との本格的な戦に突入し、ついには地方軍20万と梁山泊の存亡を掛けて対決するまでを描いている。

しり上がりにどんどん面白くなっている。その分読むペースも早くなった。やはり長い分キャラクターの掘り下げが進むので愛着がわいてくるなぁ。新キャラも魅力的で、個人的には独竜岡の戦いで仲間になる解珍と、関勝と共に仲間に加わる宣賛が好き。一方で登場人物が増えすぎて、これ誰だっけ?となる場面も増えて来た。特に李○は相当ごっちゃになって来ている。どこで仲間になったか軽く脚注でもないと思い出せないと思った。さすがに味方キャラクターだけで108人って多すぎるよなぁ。

 

総評

7月は北方水滸伝しか読んでない。これを片付けないと先に進めない。あと5冊なので8月中には読み終わるはず。

 

 

 

2022年6月に買った本(10)・読んだ本(6) ↑4冊増量

2022年6月に買った本(10)

 

Kobo】『ハケンアニメ!』辻村深月

映画の評判がすこぶるよくて、調べたら小説原作だったので原作小説を先に購入してみた。映画を見る前に読む(※読んだ)。

 

Kindle】『The Relic of the King (The Crypt Trilogy Book 1)』Bill Thompson

ナチスの黄金列車がこのシリーズ(クリプト・トリロジー)のラストでネタにされるとのことなので1作目を購入してみた。ナチスの黄金列車はフィリピンの山下財宝とか日本の徳川埋蔵金みたいな定番ネタで、ポーランドでは繰り返し発掘騒ぎがあるらしい。小説でも散々擦られているかと思いきや、本書の他にはそんなになさそうだった。

 

Kindle】『The Viceroy of Ouidah』Bruce Chatwin

cruel.hatenablog.com

翻訳の「ウィダの提督」。こちらで紹介されているのを見て買おうと思ったのだけど、翻訳があまりよくなさそうだったので原書を購入。「ウィダーの副王」というタイトルでも翻訳があったけど今の円安を加味してもお高かったので見送り。

 

【同人誌】『ルナチック』まおいつか

【同人誌】『まほうのじかん』まおいつか

【同人誌】『またね』まおいつか

先月読んだ『違う風景』が良かったのでピョコタンチャンネル交流会のよしみで過去作を購入させていただいた。おそらく現在市場では流通していないかもしれないけど、このブログでは購入したものは記録・感想を書く方針なので記録する。読んでもお金を払っていないWeb漫画、Web小説、その他の資料はこのブログに何か感想を書いたりすることはないと思う。

 

Kobo】『日本列島の「でこぼこ」風景を読む』鈴木殻彦

楽天ブックスの20%オフクーポン(5千円以上)を使うためにAmazonウィッシュリストに入れていた本を購入。地理本。


Kobo】『いかなる時代環境でも利益を出す仕組み』大山健太郎

楽天ブックスの20%オフクーポン(5千円以上)を使うためにAmazonウィッシュリストに入れていた本を購入。最近アイリスオーヤマの活躍を見聞きすることが増えたのでリストに入れていたもの。


Kobo】『閨閥 改定新版 特権階級の盛衰の系譜』神一行

楽天ブックスの20%オフクーポン(5千円以上)を使うためにAmazonウィッシュリストに入れていた本を購入。閨閥ホリエモンのフジテレビの買収騒動の件の記事をどこかで読んだ時にメモっていたと思うんだけど、これは著者が違うので別の本かしら。(本所次郎のものは未だ絶版でプレミア価格だった。)


Kobo】『アムンセンとスコット』本多勝一

楽天ブックスの20%オフクーポン(5千円以上)を使うためにAmazonウィッシュリストに入れていた本を購入。先月本多勝一の本を2冊買っていたところにこの記事を見つけて面白そうだったのでウィッシュリストに入れていた次第。

kj-books-and-music.hatenablog.com

 

 

2022年6月に読んだ本(6)

 

Kindle】『10分後にうんこが出ます』中西敦士

★★★★☆

小型の超音波デバイスで排泄予測をするアイデアで起業した著者による、いわゆるひとつの事業広報本。アイデアを思い付いた経緯から事業化までの奮闘が良い意味で若さ溢れる文章で記されている。刊行は2016年11月だけど、寡聞にしてこんな素晴らしいデバイスが商品化(商品名「DFree」)されているとは知らなかった。最近めでたく介護保険の対象になったようで、そのニュースを読んでこのデバイスと会社についてはじめて知った次第。起業体験記としても面白く、気取ったところのない体験談で赤裸々な起業の臨場感を感じることができる。タイトルにあるうんこの排泄予測は現時点でも難しいらしく、現在はおしっこの排泄予測のみのようだ。うんこの排泄予測の商品化には更なるAIの進歩など、なんらかの技術的ブレイクスルーが必要なのかもしれないし、脳波とか括約筋の筋電図とかもっと沢山の情報が必要なのかもしれない。おむつをきっかけにボケが進行するという話もよく聞くし、介護現場でも強い需要があることがわかっているので、粘り強く事業化にチャレンジして欲しい。上場したら微力ながら株も買いたい。

 

【単行本】『White Palace』Glenn Savan

★★★★

高校生くらいの時に本書の邦訳版を読んだ。邦題は「ぼくの美しい人だから」。ストーリーは、とある20代のイケメンエリート広告マンがハンバーガーのファーストフード店(White Palace(White Castleのもじりか?))でバイトしている40代のおばさんと恋に落ちるというか落とされるというか、いやいやいや無いでしょう、というくらい恋愛小説としてはチャレンジングな設定なんだけど、これが意外にもこれまでに私が読んだ恋愛小説の中で三本の指に入るほど忘れがたい印象に残った。英語を読むようになってから、昔翻訳で読んだ個人的名著の原書を、いつか読んでやろう!というていで電子版を買ったり、電子書籍が無い物はペーパーバックを入手して、細々と読んでいるのだけど、この度ついに本書のターンが来たというわけである。といってもそもそも読むのも早くないし、他に読んでいるものもあるので、ホントに一日数ページのナメクジのペースでチビチビ読んでいた。で、この度やっと読了。

何十年越しに読了した正直な感想は、あるよりのなし、かなぁ。20代のエリートサラリーマンが40代のフリーターと恋に落ちる展開は別にあり得ると思うし、本書はそこの機微を巧みに描いていると思うのだけど、問題はその流れから最後のシーンに到達するか否か?である。個人的には今回は「あるよりのなし」となった。というか、これは主人公の空想エンドなのでは?と少し思った。広告業界での仕事とそこでのクライアントとのやりとりとか、ニューヨークでの転職活動のうまくいかなさとか、主人公と相手女性の力関係の変化とか非常にリアリティをもって描かれていただけに、エンディングがちょっと気の利いた感じにまとめられているのと、その直前の就活成功シーンが主人公の語り一つに省略されている落差で、不遇な敏腕広告マンの妄想エンドのようにも感じられてしまった。まあまた何十年後かに読んだ時の感想は変わるかもしれない。

因みに個人的恋愛小説トップ3の残りの2作はジェーン・オースティンの「高慢と偏見」とアン・ライスの「肉体泥棒の罠」。ちなみに肉体泥棒は別にエロ小説じゃない(※ヴァンパイアシリーズの4作目)。ただ恋愛小説もそんなに数を読んでいないし、この3冊も20代頃までに読んでいて、それ以降の更新が皆無な感じなのでこのチョイスは恋愛小説の評価としてはだいぶピントを外しているかもしれない。

 

Kobo】『ハケンアニメ!』辻村深月

★★★☆

ハケンアニメ!の映画版がピョコタンのメンバーシップ交流会で話題になり、他所でも評判が良かったので見に行こうと思ったら小説が原作という情報を発見。

小説の映画化ってどうしても「原作>映画」な印象がないだろうか?私はある。どう考えても「果てしない物語」>「ネバ―エンディングストーリー」だし、ハリーポッターも「アズカバンの囚人」以外は割とひどい印象しかない。一方で、原作より上とまでは言わないものの、宮崎駿の「風の谷のナウシカ」とか、川島雄三の「暖簾」とか、映画単体で見ても傑作と言える原作つき映画はそこそこある。これらの原作ありの映画の駄作・名作を分ける違いは一体なんだろう?

以前からそういった疑問を持っていたところに本作である。

果たしてハケンアニメ!の映画制作陣は原作をどう料理したのか?

という訳で、映画を見る前に原作小説を読んでみた、のだが…。

原作小説について率直な感想を書くと、そこまで面白いと思わなかった。アニメ業界で働く女性の群像ドラマを描こうとしているのはわかるのだが、恋愛の比重が大きすぎてアニメ業界の職業物としての読み物の楽しみを損なっているように思えた。特に問題に感じたのは物語のクライマックスである河永祭だ。この祭りの設定自体のリアリティもかなり薄いんのだが、それにもましてリアリティに乏しいのが祭りの直前に一艘の舟全体に絵をフルカラーで塗装するという展開である。まず作業量的に可能なのか?とか乾燥の時間は計算に入っているのか?とか読んでいて疑問が渦巻きすぎて小説全体のリアリティを損なっているように感じられた。この展開いる?

アニメ業界のリアルを描く上で「聖地巡礼」とそれに関わる地元の人々の絡みは欠かせないだろうし、それを盛り込んだのは慧眼だと思うのだけど、お気に入りのキャラクターの見せ場を作るために、物語のリアリティを犠牲にした展開を入れ込むのはいかがなものだろう。タイトルの「ハケンアニメ」の行方も盛り上がらず、最後は三人目の主人公の並澤和奈の恋の行方の方がメインになっているようで尻つぼみの印象が残った。

これが何故映画に?と思いながら奥付を確認してびっくり。本作は2012年から2014年にかけてananで連載された物に加筆修正した作品とのこと。確かに章立てが連作短編形式で連載作品っぽさがある。アニメ業界の話をananで連載していたのも驚きだけど、もう10年前の作品ということにも驚いた。

それにしてもなぜこのタイミングで映画化?

謝辞を見ると東宝川村元気の名前がある。川村元気と言えば「君の名は」から映画プロデューサーとしてヒット作を連発している。なるほどー、それで本書の映画化にも目を付けたってことか、と思った。個人的にこの小説はそこまでのお話とは思わないけど敏腕映画プロデューサーには凡人には見えないものが見えてたんだろうなー、さすがだなぁ、と早合点した。けど、よく考えたら最近のtohoシネマズの予告編タイムに「ハケンアニメ!」の予告を見た記憶無い。それもそのはず映画版の配給は東宝じゃなくて東映だった。

川村元気、関係無いらしい。

じゃあどういう経緯で映画化?

調べると吉本興業が本書を2019年に舞台化している。映画化はそちらの成功を受けてということだろうか?ただ吉本は今回の映画の製作委員会には入ってない。となると舞台と映画は無関係?しかし小説が世に出てから10年もたっているので、今回の映画化が直近の2019年の舞台と無関係とも思えない。

こういう時のWikipedia頼み。何かヒントが無いか映画版と舞台版のスタッフを見比べてみた。

するとスタッフで共通する人物が居た。

たった一人。

映画版と舞台版の両方で「制作進行の川島」を演じる大場美奈である。この「制作進行の川島」は舞台版のキャストではトップで主役っぽいのだが、映画版のキャストでは一番下。おそらくチョイ役。

これが意味するところはなんだろう?

舞台版へのリスペクト?

このキャスティングが舞台版へのリスペクトと思われる証拠はもう一つある。それは小説版の「制作進行の川島」が男性で、しかも1シーンしか登場しないキャラクターである事実。

「制作進行の川島」に「新人の」という形容詞と、アニメ業界を描くもう一人の主人公という立場を与えたのは舞台版なのである。(たしかに原作の小説にはプロデューサー、監督、アニメーターとそれぞれの立場で主人公が居るのに、制作進行が居ないのは片手落ち感がある。)

まあ私は映画どころか舞台もまだ見てないから決定的なことを言う資格はないんだけど映画化に直接の影響を与えたのは舞台版の成功が下敷きにあるのは状況証拠的に明らかのように思える。舞台版は残念ながら今のところ映像化もされていないし、再演の予定もなさそうなので当分見ることはできなさそうだ。しかしこういう背景が読み取れると舞台版もいつか見れるようになればいいなぁと思った。

それにしても映画化の前に舞台化が先行してるのは面白い。なんで私がこんなことにこだわっているかと言うと、小説原作の良質映画化のシグナルの一つに先行舞台化がある、という個人的仮説を持ってるからだ。サンプル数1(「暖簾」)だけど。

思うに舞台は原作小説の戯曲化において、映画よりも格段に大きな自由を与えられているのではなかろうか?ぶっちゃけ舞台なんか金にならんし見る人も少ないので好き放題できると、それが結果として時に良質の映像化へのプロトタイピングとなっているのではなかろうか。

ということを考えながら映画版を見て来た。以下映画の感想。

映画は小説の良いところを活かしつつも、リアリティより別の何かが暴走してしまった河永祭バッサリとカットし、ハケンアニメというタイトル通り二つのアニメ(「リデルライト」と「サウンドバック」)がワンクールで覇権を争うさまを最後の最後まで魅せてくれていた(河永祭をカットしたのは英断だけど、実写だと予算的にあれを撮影するのは厳しいという面も大きかったのかも)。何より素晴らしかったのはProduction I.G.が制作した高品質なモックアニメと、高い演技力で映画を支えた俳優陣だった。俳優では天才アニメ監督の王子千晴を演じた中村倫也が特に素晴らしかった。最初の対談シーンとハワイバレのシーンを寒くさせずに演じきったのはすごいとしか言いようがない。

映画版を原作小説に劣らない完成度にするには、やはりシナリオの大胆な変更と、実力のある俳優陣が必要ということだろう。舞台版も概要を見る限り映画へのシナリオ的な影響はほぼ無いと思われるけど、その飽くなき挑戦の姿勢が映画版の成功をインスパイヤしたと信じたい。舞台版のDVD/Bluerayが出たら買う。

 

【同人誌】『ルナチック』まおいつか

★★★★★

天才科学者が死んだペットのうさぎと再会するため月にテレポートするドロップを研究しはじめる。天才の名を欲しいままにしていた博士の評判は失墜し、かつては何十人もいた研究員も今や助手一人。ただ一人残っていた助手も、来週には隣町の研究所に転職を考えていると言う。そんな中ドロップは完成し、それを一息に呷った博士は、死んだうさぎの待つ月へとテレポートして行くのだった……。

お話は上にリンクしたTwitterで全部読めるのだけど、手元に欲しくて同人誌版をピョコタンチャンネル交流会のよしみで購入させていただいた。(同人誌版は市場にはもう出回っていないと思われる。)本作の魅力はなんと言っても「天才科学者」ことDr.モモ。眉毛と目玉が一体となった独自のキャラクターデザインもかわいいのだけど。研究室に机があるのに実験器具を床に並べておままごとのように研究しているところや、月に旅立つための準備が、オーバーサイズの外套や麦わら帽子だったりするなどのディテールが絶妙でかわいい。死んだうさぎに会うために地球を捨てて月に転生するという物語も寓話的でビタースウィートな味わいがある。ムーンドロップが何を暗喩しているのかと考えると、かわいらしい表装とは裏腹の闇が際立ち、それもまた本作の隠し味として味わいを深くしている気がする。ラストカットも美しくて幸福感があり、静かな余韻を与えてくれる。繰り返しの読書に耐え得る名作。

 

【同人誌】『まほうのじかん』まおいつか

★★★★☆

根暗で友達の居ない魔法使い「スカート長杉さん」こと利根崎さん(とんちゃん)と、引っ込み思案だけどクラスの人気者みふゆちゃんの交友を描いた短編。利根崎さんの使える魔法がささやかでとてもいい。失せ物探しなど、ちょっと実用的なこともできたりして、それをきっかけに人気者のみふゆちゃんともお近づきになれるんだけど、大人になるにつれて魔法の力を失い、みふゆちゃんとの交友関係も切れて(切って)しまうという展開も好きだ。とんちゃんが活躍するお話をもっと読みたいと思った。

個人的にモヤモヤしたのはとんちゃんとみふゆちゃんの二人のあまりにもアンバランスな格差である。とんちゃんはみふゆちゃんにとって大好きで自由なバイキンまんのようであり、人生のくびきを解き放ってくれたアンパンマンのようなヒーローでもあるのだけど、それをきっかけに二人の関係は途切れてしまう。とんちゃんは魔法も失って細々と孤独に暮らす一方で、みふゆちゃんはテレビでも人気者になり、とんちゃんらしき昔の「魔法を使えた」友達について少しエピソードトークをするだけという天と地の格差に着地するのである!

個人的にとんちゃんとみふゆちゃんでは圧倒的にとんちゃんの方が好ましいし、とんちゃんとみふゆちゃんの関係性に置いて、みふゆちゃんは何も悪くないのだけど何も良いところも無く見えるのに、みふゆちゃんだけがなんの努力も苦労も無く、圧倒的に良い目を見ているのが読者としてストレスを感じてしまうくらいだ。とんちゃんがそんなみふゆちゃんを、この期に及んでも好きなような感じなのがまた闇でもある。個人的な解釈ではとんちゃんはみふゆちゃんが恋愛的に好きなのだと思うのだけど、そういった何か納得感のある「答え」のようなものがエンディングで与えられるわけでもないので、モヤモヤが二重に残るラストである。例えばとんちゃんは愛に殉じた殉教者で、そのことによって実は魂が救われているのです、みたいな答えがあると個人的には救われた。とにかく誰かに(お花さんとか蝶々さんでもいいから)とんちゃんを大肯定してあげて欲しい気持ちになるラストだった。

本作には「A secret story for two people」という小冊子が付属していて、これを見る限り物語は続いていくようである。個人的な願望としてはとんちゃんにはみふゆちゃんのことなんかすっかり忘れて、何か人助けのようなことで毎日忙しく、幸せに暮らしていて欲しい。

 

【同人誌】『またね』まおいつか

★★★★

夢だった小説家になるために30才を機に仕事をやめたふゆこが、学生時代に唯一小説を認めてくれていた友達のあきちゃんと再会する。あきちゃんは既に結婚していて男の子が一人いる。ふゆこは退職後3年たつが小説家としての芽は未だ出ず。8年ぶりの再会で盛り上がる二人だが、ふゆこは少し取り残されたように感じる。あきちゃんはまるで学生時代と変わらないかのようにふゆこの挑戦を応援し、ふゆこが昔と変わらないことを喜ぶ。ふゆこもあきちゃんが昔と変わらないと言葉を返すが、もちろんそんなことはないのであった……。

駅のホームからあきちゃんを見送るシーンは、平凡だけど暖かな幸せ、自分が選ばなかった未来への惜別のようにも思えるのだけど、作中でふゆこが小説家としてデビューするための努力や、なんらかの明るい展望が描かれているわけでは無いので、ただのワナビーが現実の厳しさを思い知らされ、それをただ噛みしめさせられているだけの非常に辛い場面に見える。これがシリーズ物の第1話の引きで、ここから人生の大逆転がはじまるなら強いのだが、物語からふゆこの人生が好転するきざしが全く感じ取れないので読者としてつらい。せめて最後のページで、机に向かうふゆこの姿などの描写があると、読者としては応援する気持ちになれたのではないかと思った。

あと、西日暮里のフィレンツェが登場するのはピョコタンファンとしてはポイントが高い。

 

【DMM books】『水滸伝 五 玄武の章』北方謙三
【DMM books】『水滸伝 六 風塵の章』北方謙三
【DMM books】『水滸伝 七 烈火の章』北方謙三

★★★★☆

五~七巻の三冊の主軸は、旅を続けたい宋江と、宋江をなんとかして捕まえたい青蓮寺の攻防である。もちろん宋江は最終的に梁山泊に入るわけだけど、そこに至るまでには沢山の紆余曲折があり、多くの出会いと別れが描かれる。個人的に武松、李逵宋江の三人組の旅は目先が変わってロードムービー的楽しさがあったし、戦闘描写もより個人の武勇にフォーカスした爽快感重視のものが多くてスルスルと読めた。

だんだん面白くなってきた。

 

総評

六月は調子に乗って本を買い過ぎたのでプラス4冊の増量。読書も他のことで忙しく、週末にあまり本を読む時間が取れなかったのが痛い。諸事情でブログを書くPCの環境も変わってしまい、なかなか読んだらサッと書く、という態勢が取りづらくなったのでブログ更新も時間がかかってしまった。ちょっとした敷居の上がり方で毎日書いていたコメントが、明日でいいや、週末でいいや、とどんどん先延ばしされ、さらにコメントを書くのがおっくうになるという悪循環だった。毎日気軽に書ける態勢は整えたので、これからは出来るだけ毎日書くことにする。

2022年5月に買った本(14)・読んだ本(10) ↑4冊増量

2022年5月に買った本(14)

Kindle】『The Cruelest Miles: The Heroic Story of Dogs and Men in a Race Against an Epidemic』Gay Salisbury, Laney Salisbury

1925年、アラスカで発生したジフテリアを終息させるため、総行程1100kmをリレーし、血清を運ぶ犬ぞりチームが組まれた。ラストランナーの犬ぞりを牽引したバルトはニューヨークのセントラルパークで銅像になり、1996年にはアニメーション映画化もされたが、最も長く困難な工程を担当したトーゴーは長く脚光を浴びることが無かった、ということでディズニーが2019年に実写映画化(『トーゴー』)。ディズニー+で見て面白かったのでこの事件をネタにした書籍を購入。なお映画の原作では無い様子。


Kindle】『パリピ孔明(1)』四葉夕卜, 小川亮

アニメがバズっていたのでタイトル自体は知っていたのだけど、あまり興味がわかなかったところ、Youtubeの李姉妹チャンネルでかなりポジティブに紹介されてたので購入。予想に反して中国人受けがすこぶる良いというのが面白い。

 

Kindle】『40代漫画家 原稿料は月5万…副業のユーチューバーでの月収20万!!』ピョコタン

ピョコタンの新刊なので購入。

 

Kindle】『日本三國(1)』松木いっか

漫画紹介系YouTube チャンネルのマガゾンで紹介されてて興味を引かれたので購入。マガゾンはゆっくり(Softalk)ボイスなので正直あんまり聞きたくないんだけど、煽りのサムネ作りが上手くてつい見てしまう。

 

Kindle】『まほり 下』高田大介

上巻が面白かったので下巻を購入。

 

Kindle】『アラビア遊牧民本多勝一

前から読みたい本でセールだったので購入。遊牧民って憧れる。

 

Kindle】『カナダ・エスキモー』本多勝一

これも前から読みたい本でセールだったので購入。

 

Kindle】『超・臆病者のための株の教科書 草食系投資家YouTuberが教える』草食系投資家LoK

これもセール。著者の草食系投資家LoKは最近見ている投資系Youtuberの中でもトップクラスに説得力が高いので購入してみた。

 

Kindle】サバイバル猟師飯:獲物を山で食べるための技術とレシピ』荒井 裕介

セールだったので購入。猟師アンド飯が面白くならないわけない。

 

Kindle】『改訂新版 大日本帝国の海外鉄道』小牟田 哲彦

セールで購入。満鉄の話かな?こういうテーマを絞った近代史物は財布のひもがゆるくなる。

 

Kindle】『兵站―重要なのに軽んじられる宿命』福山隆

若いころに銀英伝にハマった人はこの言葉に弱いはず。セールだったので購入。

 

Kindle】『マンガ版 神社のいろは 神社検定公式テキスト』日本文化興隆財団

高田大介の「まほり」を読んでいるからではないけど、神社や神道についてほとんど知らないので購入。これもセール。

 

Kindle】『米国共産党調書』江崎 道朗

第二次世界大戦前に日本の外務省が作っていた資料らしい。ソ連アメリカにどんな工作をしていたのかの分析したもののようだ。セールだったし評価も高かったので購入した。

 

Kobo】『政治学者、PTA会長になる』岡田憲治

こういう体験記は絶対面白いやつと思ってAmazonウィッシュリストに入れて、購入は先伸ばしにしてたんだけど、楽天ポイントが5月で1000ポイント失効するのに気づいて、それならと楽天ブックスで購入した次第。楽天ブックスはポイントの他にもクーポン配布が多くセールでない本も割安で買えるのでこれから和書の新刊購入は基本楽天ブックスにしようと思う。

 

2022年5月に読んだ本(10)

Kindle】『夫婦善哉』織田 作之助

★★★

船場物と思ってダウンロードしてたのをやっと読了。タイトル自体は昔から知っていて、子供の頃に映画をテレビで見たようなおぼろげな記憶がある。台所の小さいテレビの中で白黒の若い森繫久彌と淡島千景が二人仲良くぜんざいを食べていていた。それこそおしどり夫婦みたいなイメージ。以来「夫婦善哉」というタイトルには漠然とした古き良きイメージを持っていたんだけれど、原作を読むとそれがとんでもない勘違いだったことがわかった。とにかくこの柳吉という男がクズ。クズはクズなりに魅力があるものだけど、柳吉はクズとしての魅力にも乏しいので救いがない。そして舞台も船場ではなくいわゆるミナミの方だった。作中で関東大震災の描写があるので時代的には大正末期から昭和初期と思われる。その当時の大阪はミナミの風俗が非常にイキイキと描かれているので当時の風俗を知るには最適の一冊ではある。船場もミナミとの対比で理解が進むこともあろうかと思えるのでこれはこれで有益。

 

Kindle】『パリピ孔明(1)』四葉夕卜, 小川亮

★★★☆

ハロウィーンの夜、現代の渋谷交差点に異世界転生した三国志の英雄、諸葛孔明。渋谷のパリピ孔明のガチコスプレイヤーと思われて意気投合、なだれ込んだクラブで歌は上手いがなかなか芽の出ない新人歌手と出会い、彼女の歌に天性の魅力を感じた孔明は彼女の軍師(プロデューサー)となって彼女の歌を天下に知らしめることを新たな人生の使命と定めるのであった、という感じの物語。三国志ネタを随所に込めてあるらしいのだけど、三国志については通り一遍の知識しかないのであんまり拾えなかった。孔明はさすが知力が高くて現代社会にもすぐ順応するんだけど、あっさり行き過ぎていて肩透かし感がある。もっと壮大な勘違いとかしてほしかった。頭良すぎてバカみたいなやつ。三国志当時の日本は邪馬台国だったので、その頃の倭人のイメージとの落差に驚く描写とか、もっと時空間のギャップを活かしたネタを個人的には見たかった。最大の残念ポイントは新人歌手の女の子が今のところ主役級のキャラクターとして少々物足りないところ。男性読者向けと思われるお色気描写は多いんだけど可哀想なくらい滑っている。読んでいてまったくうれしくならない。お色気で男性読者の関心を釣ろうとするより、もっとキャラクターとしての掘り下げがあった方が興味を持てたような気がする。たとえば才能はあるけど売れてない歌手は沢山いるはずで、彼女がその中でもなぜ売れていないのかをもっと掘り下げる。肝心なオーディションでは緊張してうまく歌えないとか、マネージャー気取りのダメ親族がいるとか、セクハラプロデューサーの誘いを断ってからずっと干されているとか、何故か司馬懿の悪霊に呪われてるとか。その売れない原因が孔明クラスの人物でなければ解決できないものであれば話の展開的にももっとハマるのではなかろうか。それかもういっそ毎回依頼人を変える漫遊記物にして、日本全国津々浦々の事件・お悩みを解決していくフォーマットにするとか。いや、それじゃ水戸孔明、いやパリピ黄門になっちゃうか。しかしこれまでのところ大した理由もなく、トラブルも孔明じゃなくてもよくない?というレベルの話なので、ワンアイデア異世界転生無双もの以上の感想が持てなかった。音楽が重要なポイントということもあり、アニメの方が楽しめる作品かもしれない。

 

Kindle】『40代漫画家 原稿料は月5万…副業のユーチューバーでの月収20万!!』ピョコタン

★★★★

ピョコタンの久しぶりの新刊ということで即買い。ファンなので問答無用である。コロコロアニキで連載していた作品の電子書籍化とのことなのだが連載は既に終了済。残念。コロコロアニキは買っていなかったのですべて初見で楽しんで読めたのだけど、メッセージ自体はピョコタンチャンネルをほぼ見ているファンには目新しいところは無かったかもしれない。また物語の構造としてYouTube を始めるのが担当編集者で、ピョコタンはそのアドバイザーという立ち位置なのも物語の引きを弱くしている気がする。この構造自体はこの漫画のメインテーマと思われる「Youtuberを始め、そした続けるためにフォーカスすべきポイント」が明快にまとめられるという利点はあるので頭ごなしに否定は出来ないんだけど、ファンとしてはピョコタン自身を主人公にして「底辺YouTuber」としての地位を確立させるまで経緯を物語にすればもっと長いお話が読めたかもしれないのに〜と残念な気もした。そもそもハナから短期集中連載という構想だったのかもしれんけど。あと、ピョコタンというとてっぺんつるっぱげの眼帯おじさんが自身のキャラクターとして定着しているが、こちらの漫画ではよりリアルに寄せたかわいい感じのキャラクターで個人的には断然好き。もうこのキャラクターに移行しても良いんじゃないかと思う。ピョコタンの漫画をまた読んであらためて感じたのが、ピョコタンの漫画は充分に面白いし役に立つのだけど、やはりシンプルなわかりやすさを貫いているためにピョコタンYoutube動画にあるような微妙なニュアンスのある味わいが薄まっている気がする。ピョコタンの漫画絵には現実のピョコタン自身が持っている癖になるような魅力が少ないのだ。そのため何度も読みたくなる気持ちにあんまりならないというか。動画配信者としての才能も強いピョコタンにとって、動画でも出来るネタをあらためて漫画でやる意味はあんまり無いというのは本当かもしれない。ピョコタン自身何度も言っているように、投下コストに比べてリーチできる層が少ない雑誌連載の漫画は、当たれば青天井のYoutubeの動画配信に比べて圧倒的にコスパが悪い。個人的にはピョコタンには今後も漫画は描き続けて欲しいと思うのだけど、自分を主人公にした漫画だと動画配信にコスパで勝てないとすれば、やはり美少女キャラとかかわいい動物キャラを主人公にした漫画など、漫画でしか出来ない表現を開拓するのが新しい方向性なのかもしれない。この漫画のピョコタンキャラはかわいいのでこのかわいさを伸ばす方向性もありかな。

 

Kindle】『日本三國(1)』松木いっか

★★★☆

漫画紹介系YouTube チャンネルのマガゾンで紹介されてたのを見て即買いした。なので掴みはとても良いし、実写寄りの絵柄と表情描写の巧みさは新鮮で魅力的なのだけど、その後のストーリー展開がなんというか、雑なんだなぁ。そうはならんだろうっていう展開を、絵の上手さと登場人物の「その手があったか!」みたいなびっくりモノローグで押し進める強引さは好みがわかれると思う。でも2~3年後に菅田将暉主演で映画化されてそう。金のニオイを出す企画力、一般受けしそうな魅力的な画力、見せ場を作れるハッタリ力など漫画家としての才能は随所に感じるので今後に期待。

 

Kindle】『まほり 上』高田大介

Kindle】『まほり 下』高田大介

★★★★★

kadobun.jp

この記事を読んで上巻を購入して早数か月、やっと読み始めたらこれが面白くてページを繰る手が止まらない。第一章の少年が不思議な少女と山中で出会うエピソードは昭和っぽい手触りがあり、いつの時代か見極めかねていたところ、その次の章から突如別の人物を主人公にした大学でのエピソード(明白に現代)がはじまる。二章の主人公は一章の少年が成長した姿なのか?それとも二章の主人公の父親なのか?二つのエピソードの関連についてかなり戸惑いを感じたんだけど、都市伝説の調査研究の話から具体的な都市伝説の話に入るとそんなことはどうでも良くなるくらい面白くなった。主人公はとある個人的な理由からある都市伝説の真相究明にのめり込んで、実地調査と文献調査の二つでことの真相に近づいていくのだけど、文研調査パートはアカデミック色が強いので楽しめるかどうかはかなり人を選ぶ気がする。しかもバランス的に8割が文献調査パートなので合わない人には徹底的に合わないだろう。ただ文献調査パートのサイドストーリーとして元同級生との恋の話もあるので、苦手な人はそこだけの興味で我慢して読んでもよいかもしれない。というかそこであきらめて最後まで読まないのはもったいなさすぎる。古文書がそのまま出てくる部分もあるが、解説もあるし、どうか投げ出さず最後まで読んでほしい。個人的にはこういうの読みたいと思っていたので非常に楽しめた。民俗学的ミステリーの構成として、物語の緊迫感を高めるためにオカルト要素や殺人事件といった非日常的な要素を絡めることが多い。個人的にはそういうのも大好きだけど、本書はそれらとは一線を画している。なんといっても都市伝説が差別的な視線を含むことに言及して、ことの真相について調査するその行為自体の倫理性について触れているのが極めて現代的。ただそういった政治的に正しい観点を示唆しつつ、同時に民俗学的伝奇小説としてエキサイティングなクライマックスを描くことができるのか?あくまで現代的にリアルで日常的な世界を構築しながらエンターテインメントとしてしっかりと成立するクライマックスをどう描くのか?物語がリアルになればなるほど、少しの展開の逸脱で「ないわー」となるわけで、本書はほんとうにその絶妙なラインを通り抜けてラストに到達したのが素晴らしい。タイトルの「まほり」は意味がわからんし、キーワードとして頻出する「ジャノメ」にした方が良いのでは?と上巻を読了した時点では考えていたんだけど、下巻を読むと「まほり」しかありえないことがわかるのもすごい。クライマックス直前の言語学者による謎解きはあざやかだった。本書は民俗学的伝奇小説として一つの頂点を極めた作品と言って決して言い過ぎにならないと思う。ただ人は選ぶのは間違いないんだなぁ。

 

 

【DMM books】『水滸伝 一 曙光の章』北方謙三

【DMM books】『水滸伝 二 替天の章』北方謙三

【DMM books】『水滸伝 三 輪舞の章』北方謙三

【DMM books】『水滸伝 四 道蛇の章』北方謙三

北方謙三出世作のハードボイルド物は全く読んだことないんだけど、中国物は過去にかじったことがあり、割と好印象を持っていた。DMMが70%オフのキャンペーンをやった時によい機会だと思って北方謙三の中国物のシリーズをいくつか買ったうちの一つが水滸伝シリーズ。ずっと放置してたんだけど小説読書強化月間をスタートさせたので読み始めた。とりあえず4巻まで読み進めた感想は、たしかに面白いのだけど原著の水滸伝にどこまで依拠してどれくらい逸脱してるのか知りたいという欲求が高まっている状態。我慢できずに何度か検索して欲求を癒しているんだけど、不幸な先行きは決まっているのでどうせなら反三国志みたいに鬱展開はぜんぶ捨てて歴史を塗りかえてくれないかなぁと思ってしまう。そもそも原著を相当逸脱しているのだから結末を書き換える逸脱がNGな理由が読んでいるとわからなくなってくる。その線引きってなんだろう?とは言え「水滸伝」と名乗っている以上、守らなければならないプロットというものがあるのだろう。たぶんそのせいか読者から見て登場人物が謎の行動をしているように感じられるところもある。大きなところでは宋江梁山泊にすぐ行かないのはなぜか?とか、その後なんとなく各地の反乱勢力と繋ぎをつける意味があることがわかるんだけど、特に梁山泊晁蓋とコミュニケーションも無いので、これが阿吽の呼吸というやつかと納得するしかなさそうだった。細かいところでは宋江の人間的魅力も周囲の人間がここがすごい、あれがすごいと言っているだけのように見えて、いまいちそこまで魅力が伝わってこないきらいがある。北方謙三宋江はそんなに好きじゃないのかもしれないな。魯智深とか梁山泊に参加しない王進とかの方が断然魅力的に描かれている。続巻に期待したい。

 

総評

今月は快調に読めていたので油断して本を買いすぎた。結果4冊の増量という苦しい結果に。セールは危険。 Amazonだとよく知らない本を評価が高いとつい買ってしまう。今後はしばらく楽天ブックスKoboをメインに使おうと思う。

2022年4月に買った本(13)・読んだ本(20)↓7冊減量

2022年4月に買った本(13)

kindle】『メンタル童貞ロックンロール』森田哲矢

Youtubeさらば青春の光のヒカル謝罪動画を見てからというもの、さらば青春の光の動画を見続ける生活に突入、そろそろ他チャンネルに出演してる動画まで見尽くしたので書籍に手を出した。

 

kindle】『ゴリラーマン40』ハロルド作石

電車の内壁に貼ってあったシール広告を見て、ゴリラーマンの新作が出ていることを発見。まじか!と思って後日Kindleで購入した。懐かしすぎる。高校生くらいの時にクラスで流行って単行本が流通してたなぁ。最終巻まで読んだと思うけど、どうやって終わったのかまったく記憶に無い。

 

Kindle】『望郷太郎(1)』山田芳裕

Kindle】『望郷太郎(2)』山田芳裕

Kindle】『望郷太郎(3)』山田芳裕

Kindle】『望郷太郎(4)』山田芳裕

Kindle】『望郷太郎(5)』山田芳裕

Kindle】『望郷太郎(6)』山田芳裕

Youtubeのおすすめに一話を動画化したものが表示されてたのでちょっと見たところ、めちゃくちゃ面白い始まり方だったので即買いした。山田芳裕へうげものは読んでないけど、デカスロンとか度胸星は読んでたし、遡って大正野郎を読んだりもしてたので内容に対する信頼感もあった。案の定1巻で止まらず、結局既刊の全巻を購入した。

 

【同人誌】『違う風景』まおいつか

maoitsuka.booth.pm

【同人誌】『ゆびさきであむ』まおいつか

maoitsuka.booth.pm

【同人誌】『Tiara』まおいつか

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ピョコタンのメンバーシップで知己を得た漫画家、まおいつかさんの同人誌三冊。絵が好きな感じだったのでとりあえず買える作品を購入した。もっと過去の作品と最新作はタイミングで在庫が無いのか、そもそも印刷されていないのか販売されていなかった。残念。

 

Kindle】『暖簾』山崎豊子

参加しているトーストマスターズクラブで本か映画を紹介する機会があり、どうせなら本と映画の両方を紹介しようと思って山崎豊子原作/ 川島雄三監督の『暖簾』を選択した。紹介のアプローチとしては、基本「原作小説>映画版」ですよね?でも稀に映画も同じくらいかそれ以上に面白いものがありますよ、それは~コイツだ!という感じ。持ってたはずの文庫が見つからなかったので再度Kindle版を購入した。

 

Kindle】『10分後にうんこが出ます』中西敦士

はてなブックマークで排泄予測デバイスの記事を見つけて感動した。上場企業だったら株を買って応援したいと思ったので調べたところ著作があるのを発見・購入。

 

2022年4月に読んだ本(20)

【単行本】『銭の花 上』花登筐

【単行本】『銭の花 中』花登筐

【単行本】『銭の花 下-一』花登筐

【単行本】『銭の花 下-二』花登筐

【単行本】『銭の花 下-三』花登筐

【単行本】『銭の花 下-四』花登筐

★★★★★

一旦転がりだしたら止まらない昭和の浪花節極上エンタメ。舞台は伊豆の熱川温泉なのだが主人公は大阪船場の出身なので「船場もの」と言っても良いかもしれない。本作は七〇年代に「細うで繁盛記」のタイトルでドラマ化され多大な人気を博し、その後も何度もドラマ化されている。近年では二〇〇六年、二〇〇七年にも単発ドラマが作られたようだ。さすが何度もドラマ化されるだけあって、読み始めるとページを繰る手が止まらない。あまりにも面白くて睡眠時間がだいぶ削られた。物語は第二次世界大戦終戦直後から始まる。戦後の食糧難で困窮していた船場の高級料亭の孫娘が、口減らしに伊豆の熱川の旅館に嫁に入ることになる。右も左もわからない新しい居場所で様々な困難にぶつかるのだが、尊敬する祖母が問わず語りに残してくれた商いについての金言と、持ち前の知恵と勇気で困難を乗り越え、引き継いだ旅館を大きく成長させて行く、というのが物語の大きな流れなのだが、キャラクターが立ちまくっているのでグイグイ読めてしまう。本作を魅力的にしているのはなんと言っても主人公の加代と脇を固める「善玉」サイドの登場人物と、向こうを張る「悪玉」サイドの登場人物ではないだろうか。人間観察と心理洞察に長けた花登筐の筆力によって、説得力がものすごい。ただ登場人物の心理を説明しすぎるきらいがあるのが玉に瑕。正直そこまで書かんでもいいのにと思う場面がないでもなかった。ただエンターテイメントなので極限までわかりやすく書くという著者の姿勢は素晴らしい。女性の社会進出が進められた時代の趨勢もあり、この小説でも仕事と育児は両立するのか?という問いが底流として流れている。本書の最後ではその問いとがっぷり四つに組んでいる。そういった側面も本書に単なるエンターテイメントに終わらない深みを与えていると思う。現在は単行本を古書店かオークションサイトで入手するか、蔵書のある図書館に行くしか読む方法が無いので早く電子化して欲しいところ。

 

kindle】『ゴリラーマン40』ハロルド作石

★★★☆

ゴリラーマンって40才やったん?若いなぁ。高校生の頃に読んでた時はちょっと年上くらいのイメージあったのに、っていうところが若干引っかかった。Wikipediaを見ると1988年に連載開始だから、ゴリラーマン48とかなら納得感あったんだが、そうすると恋愛のアングルがかなりキツくなるので40にしたんかな?しかし1巻を読んだ限りでは何をしようとしている漫画なのかいまいち見えてこない。ケンカと野球しかしてないし。おっさんだけどまだまだ若いもんには負けんよ!みたいなおっさん読者の溜飲を下げる漫画なのか?まあそういった部分を期待してなかったわけでは無いけど、それだけってのも読んだ後に虚無感が残るのでおっさんとおばさんの恋愛漫画、それもおっさんが絶対に恋しないであろうタイプとガチの恋愛みたいな展開を、過剰にギャグに走らずにしかも説得力のある形でプレゼンツしていただけたら最高。今出ている恋愛相手の候補は全部レッドへリングで2巻あたりから、例えば自虐の詩の熊本さんみたいな見てくれは悪いけど奥に黄金のハートを宿しているような本命が登場すると勝手に期待している。

 

Kindle】『望郷太郎(1)』山田芳裕

Kindle】『望郷太郎(2)』山田芳裕

Kindle】『望郷太郎(3)』山田芳裕

Kindle】『望郷太郎(4)』山田芳裕

Kindle】『望郷太郎(5)』山田芳裕

Kindle】『望郷太郎(6)』山田芳裕

★★★★

Youtubeの宣伝動画のデイ・アフター・トゥモローみたいな導入がすごく良くて引き込まれて読んだのだけど、なぜ地球で突然スノーボールアースだか氷河期だかの状況になったのか、そういった状況下にもかかわらず太郎の機器だけ何百年も通電していたのは何故か?など、個人的に読者としてもっと知りたい部分がサラりと流されて、物語がどんどん進む。あれよあれよという内に狩猟サバイバル生活になり、狩猟生活を営む村に入り込み、作者はこの話をしたかったんだなぁという感じの原始的状況での人間と人間社会の在り方みたいなお話がどんどん進行していく。上手いのでスイスイ読めるのだけど、レアメタルが通貨の価値の源泉になるなど、かなり疑問のある展開もある。それならこの社会で貴金属はどういう立ち位置にあるのか?と思うのだけど全く出てこないのはさすがに不自然すぎるのではなかろうか。物語も展開を急いでいるように感じられるところもあり、作者が書きたいのはもっと先にあるのかなぁという気がしている。続きが読みたい欲はあるのだけど、ひと段落したのでしばらく物語を追いかけるのは中断してもいいかな。完結してから再度読みたい。

 

【同人誌】『違う風景』まおいつか

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★★★★☆

毒親持ちの女の子が、映画をきっかけに友達になった女の子と仲良くなる。やがて相手も毒親を抱えて苦しんでいることを知り、助けてあげたいと思うのだけど、自分もひょっとしたらもっとひどい状況にあることが恥ずかしくて言い出せず、手を差し伸べることが出来ない、みたいな重めの状況を、独自のかわいい絵柄で表現していて面白かった。お話は重めなんだけど、高いオリジナリティとかわいさが絵にあるので引き付けられる。絵柄の「かわいさ」で売っている漫画は多いのだけど、少女漫画や萌え漫画といった閉じた戦場で勝負しているものが大半なので、独自の絵柄でどのジャンルにも属さないフィールドで勝負している漫画家は貴重と思う。個人的に気になったのは物語のクライマックスと終わり方、そして名前にまつわる奇妙な伏線である。(※ここからはネタバレになるので未読の人はスキップ推奨。)親友の問題も主人公の問題もなんとなく良い方向に向かうアップリフティングな終わり方は良いし、毒親問題は就職のような大きなライフイベントでなんとなく良い方向に向かうというのはありそうでリアルなんだけど、主人公が親友に最後まで自分の母親の問題を打ち明けない展開というか、葛藤の末に最終的に打ち明けないという結論に至るわけでもなく、そもそもそういう選択肢すら主人公の思考に出てこない感じが不思議に感じた。相手が自己開示しているのにもう片方が自己開示しないのはアンフェアに感じる。そのため公園で二人でジュースを飲む良い感じのシーンが若干上滑りしていると思った。公園に逃げた時点で、あれが実は自分の母親だったと打ち明ける場面が入っていた方がすんなり感動出来た気がする。また最後の電話の相手が親友なのか、母親なのか曖昧なところ「西陽がすごいよ~」というセリフも謎めいている。冒頭を読み返すと天才バカボンの「西から昇ったお日様が~」の引用で始まっており、主人公の名前は「あずま」親友の名前は「にっしー」なのである。こういった伏線は何を意味しているのか?「あずま」にとって「にっしー」は本当は一体どういった存在なのか?これは読者を解釈地獄に引き込む罠なのか?表紙絵、タイトル、あとがきを総合的に判断すると「にっしー」は「あずま」に新しい風景を見せてくれた導き手のような存在と私は解釈したのだが、本編の漫画だけでは逆に不穏な印象もあったので、それがもし狙いでないならラストの伏線の回収にもう少し情報補完の余地があるように思った。(例えば表紙絵の主人公の隣りにはもう一人誰かが居るとか)ただそういった謎の不穏さが絵柄のかわいさとのギャップにもなっていて抜きがたい魅力になっていることも否定できないので、これはこれで良いのかもしれない。まとめると、かわいい女の子二人の友情、主人公が何を考えているのかわからない不穏さ、絵柄のかわいさ、それらのコンビネーションのギャップ、これが本作の魅力のポイントなのかなと思った。

 

【同人誌】『ゆびさきであむ』まおいつか

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★★★★

陽キャで人気者のやまさき(やまさきちゃん)と、いわゆる陰キャの金沢さん(ゆっこ)の微妙な関係変化を描いた作品。よく環境の変化でそれまで友人同士だったのに疎遠になってしまうことはあるが、本作もその微妙な関係の変化と、それに対するそれぞれの思いを描いている。小学校での親友同士だったゆっことやまさきちゃんは中学校入学とクラス替えを機に少し距離が出来る。やまさきちゃんはゆっこに対してかわらぬ思いを持ち続けているように見えるのだけど、ゆっこは中学校で他のクラスにも知れ渡るほどの人気者になったやまさきちゃんに対して埋められない距離の開きを感じている。スカートの短さ、第一ボタンを締めないことの持つ意味などの部外者には伺い知れぬ女子中学生ライフのディテールがリアルかつ説得力があるので、ゆっこがやまさきちゃんに感じている距離感、引け目がどういったものなのか私のような部外者にもとてもよくわかった。二人がお互いに抱いている感情は友情なのか?それ以上のものなのか?を匂わせる寸止め感も良い。少し物足りなさを感じたのは『違う風景』にあった何かよくわからない不穏さのようなものが無かったことだろうか。例えば、どちらかが友情以外の感情を自覚しており、その普通でない気持ちに不安・葛藤を感じている、みたいな軸がもう一つあるとより個人的に印象深い作品になったかもしれない。かわいい絵柄に不穏な欲望、みたいなギャップが個人的なツボのようなので。ただ、ひたすらピュアな二人も尊いので、あえてそちらに行かないという方向性も正しい気はした。こういう関係性は読んでいてとても癒される。

 

【同人誌】『Tiara』まおいつか

maoitsuka.booth.pm

★★★☆

30才で彼氏にフラれ、寝過ごして会社を休んだ日に近所の公園で謎のおじさんに出会う。最初は変質者かと思うが、後日別のおっさんに絡まれているところを助けられる。変なおじさんは自称フェアリー・ティアラというヒーローだった…。前2作より主人公の年齢が高くなっているせいか、絵柄もよりリアルに寄せられている。カットの構図もより映像的に見栄えがするものになっている気がする。個人的に白眉のシーンはフェアリー・ティアラの初登場シーン。ティアラのライトが墨ベタを切り裂くように発光して、キリリとした表情とあいまってかっこいい&かわいい&おかしい。他にもアクションを効果的に描いたカットが全般的に増えていて、動画にしたら映えるシーンが多そうだなぁという気がした。絵柄の変更はより動きを映像的に描くドラマを表現するためだろうか。ただ絵柄変更のトレードオフは当然あり、前2作にあった絵柄のかわいさが減少していると感じた。もう目と眉毛が一体になっていないのだ。よりリアルなドラマ、アクションを描くために絵柄を変更したという試みは成功しているとは思うのだが、個人的には独自のかわいい絵柄に魅力を感じていたので、極私的に感じる魅力は減少してしまった。また物語的なつじつまも今一つよくわからない点が多かった。おそらく子供としての欲求を充分に満たすことが出来なかった主人公と、子供のまま大人になったような自称フェアリー・ティアラのおじさん、という対比があると思うのだが、その対比が主人公にとってどういう意味を持つのかもう一つわからなかった。ドラマチックなアクションの魅力はあるので、なんとなく最後まで読めるのだけど、主人公はあのおじさんをどういうつもりで追いかけたのか?あのおじさんが他人の評価を気にせず、もっと自分の人生を歩んでいるように見えて感銘を受けたということなのかなぁ、など考え込むエンディングだった。

 

kindle】『メンタル童貞ロックンロール』森田哲矢

★★★★

ヒカル謝罪動画がきっかけでドハマりしたさらば青春の光、著作があるのを発見して購入した。コンビ作ではなく森田哲矢氏の単著。どうやらダ・ヴィンチで連載していたものの書籍化らしい。内容はびっくりするぐらいゲス。ひたすらゲス。とにかく風俗とナンパと合コンの話しか出てこない。しかもそこで明かされる森田氏の行動が…。全編を通じてホモソーシャルなお笑い芸人ライフが、燃やせとばかりに赤裸々に描かれており、さすが芸人なので内容は面白く読めるのだけど、読んでいて別にここまで知りたくないという気もした。個人的に一番面白かったのは台風の日に仕事関係の4人でデリヘルに行く話。5分おきにホテルに女の子が到着することになり、ジャンケンで順番を決めてホテル前で待機する。一人目は部屋に入ってお店に電話するのでどんな女の子が来るかわからないのだけど、残りの三人はホテル前が見える位置で待機しているのでどんな女の子が入っていくかわかる。まぁ後は当たったとかハズレたとか言う話なんだけど、ちょっとした状況をゲームにする姿勢は楽しそうでもあり、何の因果か仕事関係の仲間で風俗に行く羽目になった状況をなんとか楽しめる状況に持って行こうとする逞しさみたいなものも勝手ながら想像した。というか仮に自分がそういう状況に置かれたらそうでもしないとやってられないと思った。お笑い芸人全員がこういう生活を送っているとはおもわないけど、お笑い芸人の日常生活の一端がわかるという意味で文化人類学的な資料価値もあるかもしれない。ホモ・ソーシャルが濃厚そうな社会なので、サバイブするのは大変だなぁと思った。そこで水を得た魚のように生き抜いている森田哲矢氏には素直に頭が下がる。それにしてもダ・ヴィンチはよくこんな代物を連載したなぁ。

 

【小冊子】『暖簾』劇化 菊田一夫、脚色 八住利雄川島雄三

ci.nii.ac.jp

★★★★

川島雄三の『暖簾』を初めて見た時、あまりに手際が鮮やかで昔の日本映画に対する認識を改めた。日本映画黄金期を支えたのは黒澤明小津安二郎だけじゃないと思い知った。映画『暖簾』は、森繁久彌一人二役も素晴らしいんだけど、特にオープニングの処理が最高なのだ。映画の冒頭5分ランキングがあればかなり上位に食い込むはず。始まり方の秀逸な映画ってそれだけで好きになる。その後山崎豊子の原作を読んで、映画とはかなり違うことにまた衝撃を受けた。初めて原作小説を読んだ時は映画の方が面白いんじゃないかくらいに感じたほどである。その後何かの折に映画の脚本が出回っていることを知って、オークションかオンライン古書店かで購入したのが本書。そのままずーっと読まずに放置して幾星霜、今般やっと読了した。オープニングのシークエンスは原作の諸要素を使用しつつも映画オリジナルの完全創作である。ただただスマート。お松(乙羽信子)の役割は原作ではチョイ役だけど映画ではかなり大きな役になっている。他にも三男の忠平が居なくなっているなど、映画化に際しての省略が目に付いた。脚本を読んだ印象を率直に述べると、映画で見たよりずいぶん暗い話に思えた。終わり方も尻すぼみなので仕方ないのだけど、映画を知らずに脚本だけを読んだ段階では、映画の面白さを判断出来なかっただろうなと思った。脚本から映画の出来を想像する目が自分には無いらしい。そう考えると演者の森繁久彌がどれだけ映画を明るくしていたのか役者の力がいかに大きいかわかる。

 

Kindle】『暖簾』山崎豊子

★★★★☆

映画『暖簾』の原作にして山崎豊子のデビュー作。山崎豊子というと白い巨塔沈まぬ太陽など社会派の骨太な大作小説というイメージが強いのだけど、初期は船場を舞台にした小説を沢山書いていた。今回は映画『暖簾』との比較で読み始めたのだけど、原作の方がより船場の商いの在り方、丁稚生活、戦中・戦後の生活についてリアリティを持って描かれていると感じた。映画で端折られいたり、よりヒロイックに、ドラマチックに、より明朗に描かれている諸々が、すんなりとは行かない現実や泥臭い努力を合わせて描かれている。その分重厚さとリアリティはあるのだけど、映画で描かれたような軽やかな明るいエンタメ性は薄いかもしれない。初めて読んだ時は映画よりつまらないと感じた記憶があるのだけど、今回読み返してこれはこれで読み応えがあり、一筋縄では行かない船場の商いをより身近に感じることが出来た。山崎豊子船場物は未読も多いので引き続き読んで行きたい。

 

総評

本を全然読まなくなってしまったので、シリーズものの小説で読書の楽しみをよみがえらせる作戦に出てみた。結果マイナス7冊と過去最高の積読ダイエットに成功。素晴らしい。この調子で5月も行きたいところ。しばらく堅めの本を読んでたので良い息抜きになった気もする。